シリーズ第22回は土井正博氏にインタビュー(時事通信フォト)
シーズン401奪三振、両リーグでのMVP獲得などの大記録を残し、「プロ野球史上最高の左腕」と評される江夏豊氏。その江夏氏が78歳の誕生日を迎えた5月15日、『江夏の遺言』(江夏豊・松永多佳倫の共著、小学館刊)を上梓し、刊行から半月で重版が決定するなど話題を呼んでいる。同書では「オールスター9連続奪三振」「江夏の21球」など、球史に残る名場面を振り返ったほか、各球団での衝突と軋轢の真相、さらには引退後に起こした「過ち」からの再起の日々が赤裸々に明かされた。
「球界のヒール役」として鮮烈な印象を残した名投手を、同時代に活躍した選手たちはどう見ていたのか。
シリーズ第22回は、1961年に大鉄高校(大阪、現・阪南大学高校)を2年で中退して近鉄に入団した土井正博氏(82)。プロ生活20年間で通算2452安打、ホームラン465本のパ・リーグを代表するスラッガーで、1975年にホームラン王を獲るまでさまざまなタイトルを“あと一歩”で逃したことから、「無冠の帝王」とも呼ばれた。
阪神時代の江夏氏がオールスターで9連続奪三振を達成した1971年シーズン、土井氏は前半戦から絶好調で、最終的に40本塁打、113打点とキャリアハイの成績を残した。それだけにオールスターには、「一発ぶちかましたい」との強い思いで臨んでいたという。(文/松永多佳倫 文中敬称略)
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土井にとってこの年のオールスターは、全パの主軸打者として大いに目立つための舞台だった。
「もちろん江夏が凄いということは知っていた。ただ、とにかく一発打って賞品をもらうことに躍起でした」
1980年代後半まで、パの選手が目立てる舞台は、オールスターか日本シリーズに限られていた。テレビでは巨人戦しか放送されず、新聞を見ても巨人の勝敗を中心にセ・リーグの試合結果が紙面の大半を埋め、パは隅に追いやられていた。
「『人気のセ、実力のパ』と呼ばれていた時代。だから我々は“オールスターでは三振してもいいからフルスイングしてホームランを打ってやろう”って雰囲気やった。セコいことは考えず、みんなが一発狙い。
1984年のオールスターで江川(卓)が8連続で三振を奪ったあと、9人目の大石(大二郎)は当てにいって9連続を阻止したけど、当てるだけだったら僕らも当てられる。でも“MVPの賞品を取るか、三振を取られるか”の一か八かやった」
土井の目の前で四番・江藤慎一が高めのボールを空振りして、パは4者連続三振。そして土井の打順が回ってくる。
